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ずっと色物かと思ってた『出会って5秒でバトル』を読んで5分でハマる

完全に色物の作品タイトルゆえに甘く見られがちだが、本作は非常にアツい想いをぶつけ合う秀逸バトル作品だ。また、その戦闘も『ハンター×ハンター』並みに頭脳を使う展開の目白押し。異能バトルはかく在るべき。

<あらすじ>

成績優秀でゲームが趣味の16歳の高校生・白柳啓は普通の日常に退屈していた。そこへ突然現れた謎の包帯男の襲撃を受け、ゲーム感覚で撃退することに成功したが、その後現れたマジシャン風の女に殺されてしまう。 病院風の謎の施設で啓は目を覚まし、同様の境遇の者ばかりが集められた会場に例のマジシャン風の女、魅音が登場。それぞれに与えられた「能力」を使って戦うことを説明される。 一対一での戦いの1stプログラム、5人グループが一対一で戦う2ndプログラム、チーム戦の3rdプログラムを経て、舞台は監視者1名を含む12人の6グループが戦う4thプログラムへと移っていく。Wikipediaより引用

ちなみに、漫画漬けの日々を送る俺は
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それではお待ちかね。下記にて『出会って5秒でバトル』に関して独善的に語っていく。楽しく読んで、作品のことを好きになってくれると嬉しい。

デスゲーム開始

本作は2015年、ウェブサイト上にて連載を開始した(ゆくゆくはリメイク版が『裏サンデー』『マンガワン』へ)。2015年といえば、昨今のラノベ・ドラマ・映画などによって所謂”デスゲーム”作品というものが消費されつくした頃だ。『バトル・ロワイヤル』に始まったこの系譜に対する驚きは、生まれ続ける同系統作品によって日本人の間でも浸透・吸収され、この手の作品に対しての驚きというものが皆無に等しくなった

一般的な日本国民よりも少しばかり多くの漫画作品に触れてきた俺は、ちょっぴり食傷気味だったこともあり「はいはい、またデスゲームものね……」と、タイトルを見た時点で世間と同様の感想を抱いたのを記憶している。それから数年本作に触れずに生きてきたというワケだ。この時の俺の愚行を、つい先日、初詣で神に謝罪してきた

去る2020年11月、アニメ化が発表されたことからも伺えるが。俺がタイトルだけで食わず嫌いしている間に『出会って5秒でバトル』は異能バトル漫画として超王道を突っ走る人気作品まで成長を果たした。それもそのハズだ……面白れぇもん……。皆、決して名前だけでその本質を理解した気になってはダメだぞ。真実はいつも一つ。

 

 

超頭脳派バトル

それでは、何がそんなに面白いのかを語ろう。タイトルの通り、基本的にはバトル主体のストーリーであることに嘘偽りは無い。そして”出会って5秒でバトル”が始まるという点に関しても概ね齟齬は無い。人気の秘訣はバトル内容だ

上の画像の通り、主人公の能力は「相手があなたの能力だと思った能力」。異能バトル漫画なり小説なりを読みなれている人はこの能力を聞いた時にどう思うだろうか。俺的にはメチャクチャ弱い能力だと思ったね。だって、自分が自分の能力だと思った能力だったら脳内リミッターを外して必死に「強い能力にしよ~」なんて考えることが出来るけど、対戦相手主体で自分の能力が決められるなんて、絶対弱い能力にされるやん!  まぁ、条件と使いようによっては柔軟性がありそうな能力だとも思ったが……。本作はこの主人公の異質な能力を中心として波乱が巻き起こっていく。

 

この能力が極めて面白いんだよな。つまり、この能力はネタバレしてる相手じゃない場合に限って無限。会話・行動によって相手を誘導し、最適な能力を自分が持っていると相手に想像させるという心理的駆け引きが生まれる

例えば、上記画像は物語中盤の決定的な場面なんだけど。攻撃を全て無効化する”リーダーの能力”(※正確にはこれも間違った認識)を相手が知っていることを前提として、”リーダーの能力”のことを何気なく会話の中で刷り込ませることによって、決定的な場面で相手の想像範囲を意図的に制限する。もっと踏み込んだ解説をすると、実際にこのリーダーと呼称されている人物の能力は「相手と平和的に交渉を行える能力」で、この副産物として交渉中は攻撃が一切効かなくなるっていう能力なんだよね。つまり、相手の認識と想像の絞り込みによっては本来存在しない「攻撃を全て無効化する」能力を具現化できるということ。とんでもねぇ。

極論、「俺の能力名はインデペンデンスディだ!」と伝えれば、相手の想像力によっては宇宙人の大群を召喚することも可能(なのかもしれない。作中にそんなぶっ飛んだ展開は無い)

 

 

純粋に展開がアツい

もちろん人気の秘訣という点で言えば単純に展開がアツい。完全な能力バトルだけの作品でこんなに人気が爆発するワケもなく、純粋にストーリーが面白い。クールな主人公:アキラが無双していくだけではなく、苦戦の中で苦悩しながら葛藤し、成長していく人間ドラマがこの漫画には詰まっている。サブキャラ・モブキャラも例外ではなく(これが凄い)、一人ひとりが謎のデスゲームの中で確固たる信念を持っているからこその衝突、育まれる友情。果ては敵キャラに至るまでが信念をもっていることが巧みに描かれている。そこに異能という無限大のバトル要素が加わるワケだから、盛り上がらない訳がない

ちなみに、俺が欲しい能力は主人公アキラの父が持っている「相手に一つ使命を与える能力」だ。作中で詳細はまだ語られていないけど、これ普通に『コードギアス』のギアスだからな。

 

 

<まとめ>

というワケで、今回の記事は『出会って五秒でバトル』について語らせてもらった。俺の中で”アニメ化されて覇権とりそうな作品”トップランカーだし、純粋に漫画の出来が良すぎるから早めのチェックをオススメする。決して、タイトルに惑わされてはいけない、これは超王道少年漫画だ。ではまた。

先進的な技法で頭一つ飛びぬけた『パラノーマル・アクティビティ』がファンタスティック

今日もホラーを面白く観よう。モキュメンタリーが苦手な俺だけど、『パラノーマル・アクティビティ』は比較的不快になることなく観れる。そんな俺がシリーズ最終章『パラノーマル・アクティビティ/ゴーストディメンション』まで全7作品を観終わったので簡潔に紹介させてくれ。

あらすじ

かつてケイティとクリスティが住んでいた家に、ライアンとエミリー夫妻と娘のリーラが引っ越してくる。 ある日、夫妻は物置で箱の中からビデオカメラとビデオテープを見つける。彼らは興味本位でカメラのレンズを覗く。 それ以来、彼らの周囲で恐ろしい出来事が起こるようになり、リーラの様子も徐々におかしくなっていく。そして、怪異はますますエスカレートしていく。 そして彼らは徐々に最期へと進み、カメラには衝撃的なラストを捉えていた…Wikipediaより引用

 

変遷と終局

「いきなり最終作の話かよ」と思うかもしれないが、このシリーズを紹介するには遡った方が分かりやすい。この記事を読めば大まかな流れは分かるけど、作品を観た時にはしっかり楽しめるように書くから安心してくれ。

さて、シリーズ最後の作品ということで「悪霊の正体が、ついに明かされる――」がキャッチコピー。モキュメンタリー手法の先進として2007年に公開された同シリーズ。基本的にはアメリカが舞台で、家の中完結系ホラー映画。低予算で始まったシリーズだけど、一作目が大ヒットしたおかげで後の作品は潤沢予算になるってのはアメリカンシネマの夢があるところ。あくまでモキュメンタリーという姿勢を崩さないで作り続けた点が◎

この『パラノーマル・アクティビティ/ゴーストディメンション』はシリーズ的に7作目に相当してるんだけどね(よくぞここまで続けたな……)。『1』に始まった悪夢の続編が『2』、その後『TOKYO NIGHT』で日本版続編、舞台はアメリカに戻って『3』・『4』、ここら辺で真の敵が悪霊っていうよりも魔女だったと判明する(っていうか徒党を組んでカチこんで来る。その後、『呪いの印』でアメリカでのスピンオフ。で、満を持して7作目の本作だ。ここまで来ると悪霊もダッシュで殴ってくる

っていうかさ、本シリーズを観るたびに毎回思うことがあるんだけどね。俺が今の家に引っ越してきた時、近くに閉店セールをやってるABCマートがあったんだけど、最近言ったらまだ閉店セールやってたんだよ。まさにこれ。毎回「お、なるほどね。良い感じの引きで終わったわ!」って思ったら一年後に続編が出るんだよ。「終わらんかい」って憤慨し最終作をずっと観なかったのは内緒。ただ、そんなこと思いつつも全部観てきた俺からするとちゃんと面白かったね。なんか暇な時にもずっと流しておけるっていうか、日常系ユーチューバー観てる時と同じ感じ

 

 

進化する怪奇現象

ダッシュで殴ってくると上で書いたけど、最初からこんなにアグレッシブな霊障だったわけではない。1作目は超有名だから観たことある人も多いと思うが、あくまでも視聴者の共感を誘うようなリアルな驚かせ方をしていた(そう…最初は…)。それこそラップ音とか、朝起きるとモノが移動しているとか、日常でも全然起こり得る現象な点が高評価の由来だろう。だがアメリカ様は止まらないぜ、5作目以降では普通に時空を操ってくるからな気をつけろ

元々アメリカ版の『呪怨』『リング』に影響を受けたオーレン・ペリ監督が手掛けたということもあり、なんとなく伽椰子の呪いを連想させるところは日本でも俺みたいなホラー狂の一部にウケた理由だと思う。これは余談だけど、日本のホラーも続きすぎると常軌を逸した演出になる傾向があるからな。そう……貞子のように……

ただ、この映画的な怖がらせ方があるからこそ、B級映画的な良さを備えている気がするんだ、俺は。ちょっと素人チック(ウィジャ盤が急に発火するとか)の安っぽい演出があるからこそ、沖縄の大学生が部活で撮ったような”良い映画”になってるんだよ。「俺たちはこのやり方で大手の映画スタジオよりも怖い映画作ってやるぞ」っていう気概を感じる。スピルバーグ監督も絶賛したっていうのは有名な話だけど、きっとこういう情熱に心が動いたんじゃないかと。観てない人は一度視聴してみることをオススメする。

 

 

まとめ

長きにわたるシリーズも終わってみれば全部で7作。ハリーポッターと同じくらいの長さとなった。そう考えれば全然楽しんで観れる。願わくば、ファンタスティック・ゴーストが発生しないことを祈ろう。

SF好きの俺からしたら『デカダンス』は『マトリックス』であり『リング』な件

『デカダンス』それは令和の夏に降臨した至高のSFアニメ。

あらすじ

西暦4000年ごろ、文明が崩壊した世界で、人類は怪物のような生命体ガドルの脅威に晒されていた。ガドルは人類の敵だが、その体液は巨大移動要塞デカダンスの動力源となる。生き残った人々はデカダンスの中で暮らし、ガドルと戦い、そしてそれを糧として荒野を彷徨っていた。

幼い頃にガドルに父を殺され、自身も右腕を失った少女ナツメはガドルと戦う戦士になりたかった。だが適性検査で不合格となり、デカダンスの装甲修理人として働くことになった。同じく装甲修理人のカブラギに厳しく指導されるが、彼がかつてガドルと戦っていた一流の戦士だったと知り、指導を願い出る。だがカブラギには、いやこの世界には驚くべき秘密が隠されていた。Wikipediaより引用

 

近年稀なマトリックス展開

『幼女戦記』であれだけの魔術戦を描いたNUT制作ということで、放送前から高クオリティな戦闘シーンが期待されていた。例に漏れず俺も「きっと濃密な作画で楽しませてくれるんだろうなぁ~。でも問題は脚本だよな、大丈夫かな…。」なんて思っていたワケだけど。結論から言おう。期待には見事に応えてくれた。そして、俺の一抹の不安は綺麗さっぱり払拭された。

戦闘シーンは観てくれ、語るのは無粋だ。このアニメで俺が語るべきは脚本だと思ってる。今この記事を書いている時点で7話の放送が終わったタイミングなので俺が思っていることと違うこともあるし、まだ明らかになっていない謎もあるからコイツSF好きなんだな~って姿勢で斜めに読んでくれると嬉しい

 

仮想現実が絡み合う

まずこの世界観に置いてはタンカーとギアという二種類の人類が存在する。ここから述べよう。タンカーっていうのは所謂デカダンスが存在する世界における人類のことで、ギアってのは仮想現実の中に受肉した運営側の精神体だ。もっと分かりやすく言おう。タンカーっていうのは俺が一番好きな映画『マトリックス』におけるネオ・モーフィアス・トリニティのことで、ギアっていうのはエージェント:スミスだ。

で、俺が一番面白いなって思ったのはギアに入っている精神体にとってだけデカダンス世界は仮想世界で、彼らには一段階上の世界が存在するということ。しかもこの所謂上位世界の存在(上の画像)のほうがファンシーな世界として描かれてて、ナツメがいるデカダンスの世界が下位世界にあたるってところ。そう、現実世界がファンシーに表現されているだけで、現実世界が管理する仮想世界で生きる人類という構図…完全に『マトリックス』なんだよ。え、『マトリックス』観たことない?…そんな奴いんの?

マトリックス(吹替版)

と言っても、カブラギが度々戻る上位世界もゲームの中の世界という記述があるので、さらに上位の世界が存在する可能性もある。ここまで述べれば勘の良い文学好きは気づくかもしれないけど、鈴木光司先生の『リング』シリーズ(貞子が出てくるアレな)とりあえずの回答編として書かれた『ループ』で『自分たちの上には上位の世界が存在し、そこの存在に管理されているのが自分たち』だという考え方。そしてその上位世界の先にはさらなる上位世界があるかもしれないという超ループ構造。これが成り立つのがアニメ『デカダンス』の世界観ということになる。

もちろん、この永久に続き兼ねない世界ループ構造の考え方は『マトリックス』にも当てはまるワケでして(今制作中の4作目ではこの展開になることを強く希望)。もしこの展開になったとしたら『攻殻機動隊』からインスパイアを受けたハリウッド映画が日本SF文学の巨塔『リング』から再インスパイアを受けて新たな世界を拡げるということになるので、日本人としては非常に誇らしいよね。『リング』の原作はホラーっていうか超絶SFだから読まず嫌いしてる文学ファンは一読の価値アリ。ちなみに貞子ってデカダンス的に言えばバグだから

リングシリーズ【4冊 合本版】
『リング』~『バースデイ』
(角川ホラー文庫)

 

「生きる世界は自分で決める」

って感じで、この作品が非常に良質なSFとして描かれていることは理解してくれたと思う。まぁ、こんなこと考えなくて何にも考えずに見ていても面白いのが『デカダンス』だと俺は思うよ。そもそも娯楽の楽しみ方は人それぞれだ。ただ、 ”楽しまない” のと ”楽しめない” のは大きく違う。俺としては選択肢が多いほうが人生楽しいよってことが言いたい。

この”選択をする”ということが本作の主題にもなっていると俺は感じるワケですよ。「私、強い人になりたいんです!」って言う少女の姿に突き動かされる人間ドラマ。そしておっさんと少女が2人で世界を変えようと力いっぱい前に進むサマは観ていて爽快。やってることは血みどろの化け物退治なんだけどね。でもそれが単純に頭空っぽでも楽しめるエンターテインメントとして成り立たせているから面白い。

最終的にカブラギがどちらの世界で生きることを選択するのか、それが楽しみである。

 

まとめ

ここ最近ぜんぜん記事更新してなかったけど、30歳になってから色々と充実しすぎてただけなんです。…うん、充実していた。という表現がピッタリなんです。つまり、これからはまた更新していこうと思ってるよ。気持ちはある。

今後の『デカダンス』とnijihack.comに乞うご期待。

『ファースト・コンタクト』における固定観念の危険性は非常にタメになる

SFは良い。なぜなら、人類にとっての進化の可能性を投げかけてくれるからだ。『エイリアン』の様に、単純な娯楽として楽しめるモノも多いが、多くのSF映画は俺たちに様々なことを問うてくる。

あらすじ

衛星軌道上に突如として現れた謎の現象「ヴォイド」。国際的宇宙関連組織「スペースエージェンシー」による調査が開始され、ヴォイドから生命の存在を示唆する電波が発せられていることが判明する。無人機での調査によると、内側は光に包まれたトンネルになっており、その先に何かがあることまでは確認された。さらなる調査には人間を送り込む必要があるが、とても生身の人間に耐えられるミッションではない。事態が深刻化する中、組織は人工の合成ボディに優秀な人間の脳を移植する「ヒューマン2.0」を開発し、地球外生命体とのファーストコンタクトに臨むが……。映画.comより引用

 

 

未知の存在”ヴォイド”

物語冒頭から衛星軌道上に姿を現す未確認自称”ヴォイド”。「スケールでっか」と恐れおののく俺の心配なんて些細なことのように慌てふためく作中の人類。いや、俺が心配したのはこの規模の”何か”(月ぐらい?)からエイリアン来襲したら結構無理ゲーだと思ったからなんだが、俺のこの考え方すらも固定観念だったと本作を観た後に思い知らされる

無人機を飛ばしてこの現象を調査しようとするが、無人機は消失。ただ、内部はトンネル構造をしており、これがワームホールであると仮説が立てられる。なるほどね。ってことはこのワームホールから『インデ・ペンデンス・デイ』よろしく大量の宇宙船が襲来するってことね! という俺の予測も無論、愚かな固定観念だったと本作を観た後に思い知らされる

 

 

ヒューマン2.0

ワームホール内部が無人探査機では調査しきれないということで、有人での調査をしたいところだが、人間の身体では内部で耐えられないということに気付く宇宙関係者上位陣。「よし、なら機械の身体に人間の脳を移植しよう」という結論に至る。

イッキに倫理観無視し始めたけど大丈夫? この疑念は倫理的に正しい。でも俺が本作が秀逸だな…と思ったのは作中におけるこの葛藤をしっかりと描いていた点だ。全体としてドキュメンタリー調で展開していく構成ってのも良い味を出しており、このヒューマン2.0に誰を選出するかというところをじっくりと魅せてくれた(意外とここにこだわる作品は少ない…)。

結果として、2人の人類がメタルボディにモダナイズされるわけだけど。満を持して調査に臨んだにも関わらず、1人は早々に消失・もう一人は地球に帰還(機関経路不明)という一見すると惨敗に終わる。だが、半アンドロイド化された2人にはリアルタイム視覚同期機能が備わっており、記憶アーカイブを覗くことでワームホール内部での様子を地球の科学者たちも閲覧することができた。これを覗くとあら驚き、中に数年分の記憶を保存されてる。時間の流れが違うって、宇宙あるあるだよね。

 

 

迫りくる脅威

上の記憶アーカイブの中身っていうのは本作における結構大事な部分なので、気になる人は観てくれ。ということで、無事帰還した1人のヒューマン2.0。だが、地球には立て続けに新たな脅威が襲ってくる。

過去に例が無いくらいの隕石群が地球を襲うというエマージェンシー。しかも、同時に”ヴォイド”から現れた謎の雲も攻撃形態にトランスフォーム。「あ~ぁ…もう終わりや…」と嘆く人類。未曽有の危機の中で人類が観た光景と、その結末とは。

気になる人は、観よう(ふむ、我ながら良い締め方である)。

まとめ

『遊星からの物体X』や『エイリアン』、SF金字塔といえばこのあたりだが、他にも多くの作品においてUFOや未確認の自称は人類に害をなすものと思われがち。でも、そうだろうか? 高度に発達した存在Xは何も考えずに人類をブッ殺だろうか? 知的生命体同士がファースト・コンタクトする瞬間、そこには互いの利権以外にも相手に対しての魅力を求めるものではないだろうか。

本作は、どちらかと言えばヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された『メッセージ』に近い。人類よりも高度に発達した未確認生物が人類と出会った時、人はどうしても”危機”であると捉える。だがこの考え方は旧態依然とした人類の進化を促進する可能性を潰す可能性もあり、また、救いの手を差し伸べてくれているのかもしれない相手を失望させる危険すらある。

「何事においても、自分の中で決めてかかるのは良くない」という良き好例。

『新世紀エヴァンゲリオン』について俺が誰よりも分かりやすく解説してやる

新劇場版4部作目の『シン・エヴァンゲリオン劇場版:‖』が2020年中に公開されることを信じて。長大なプロジェクトを振り返りつつ、この記事を読んだ人が、4部作目が公開された時に誰よりも楽しめるように、俺なりにエヴァンゲリオンという文化を語る。

「新劇場版」とは?

そもそも「新劇場版」とは? まずこれについて触れる必要がある。『新世紀エヴァンゲリヲン』という作品には「旧劇場版」が存在する。『エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に』がそれだ。実はこの時にTVシリーズとは違う完全新作の作品を作る予定だったんだけど、時間がなさすぎて溶接職人と化したという過去がある。これに関しては賛否両論(というか圧倒的否定多数)で物議をかもしたが、結果としてTV版とは違うエンデイング(「世界の中心でアイを叫んだけもの」の終わり方)を魅せてくれたので、世界観をさらに深めてくれたから、俺は別に嫌いではない。むしろ「旧劇場版」も好き

こんな経緯があり、「今度こそ映画版やりますよ!お楽しみに!」って発表された時に全エヴァファンを歓喜させたのが新劇場版である。ただ、そこは流石エヴァ、見事にファンの予想を超えてきてくれた(良くも悪くも)。さて、じゃあここからは新劇場版『序』『破』『Q』に関して、観てない人はこの記事さえ読んじゃえば観なくても良いように、観ている人でもちょっと曖昧にしちゃっているであろうポイントを俺なりに解説していこうと思う。

ちなみに、漫画漬けの日々を送る俺は
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それではお待ちかね。下記にて『新世紀エヴァンゲリオン』に関して独善的に語っていく。楽しく読んで、作品のことを好きになってくれると嬉しい。

 

新劇場版『序』

いきなり肩透かしを食らわせるが、本作に関しては特に述べる事は無い。というのも、TVシリーズとほぼ内容が変わってないからだ。これに関しては往年のファン達もかなり消化不良だったらしいが…。映画公開時、新宿の歌舞伎町広場でのイベントがすごく楽しかったから俺は特に嫌な印象はない。内容に関してはTVシリーズを観れば(IQ150くらいあれば)普通に理解できるので割愛。(強いて一つだけ言えることがあるとすれば、ラミエルに技術革新が起きた)。

ただ、この『序』時点である程度の知識を得ておかないと、以降の作品の理解度が大きく変わってくる。ということで、ちょうど良いタイミングなので皆がなんとなくしか理解してないであろうエヴァ用語について解説しよう。

 

「セカンドインパクト」

物語が始まった時、すでにセカンドインパクトは起こっている(厳密には『序』の時点から15年前)。この設定を聞いた時に「…は? どゆこと? てかまずセカンドってことはファーストはいつ起こったの? 舐めてんの?」と憤りを覚えた人がいるかもしれない(俺)。無理はない。だがこれがエヴァだとしか言えない。むしろ憤りを覚えないとこの物語は理解できない。探求のためには怒りの感情は不可欠

閑話休題。まどろっこしいのは嫌なので完結に答えを言うと。セカンドインパクトとは、物語開始時の15年前に南極大陸に墜ちたとされる隕石衝突事故のこと…と、表向きには発表されている。だがこれは秘密結社ゼーレによって情報操作された結果。しかして、その実態は南極で発見された第1使徒アダムに対してロンギヌスの槍を使用した結果引き起こされた人為的災害だ。ちなみに、これはエヴァを観る上では知らなくても良い超豆知識なんだけど、ファーストインパクトってのは現実の世界でも「ジャイアントインパクト」という名前で知られる月発生時の惑星同士の衝突(リリス降臨&アダム昏睡)。

 

「ロンギヌスの槍」

そういえば、皆「ロンギヌスの槍」についてはちゃんと理解してる? これはデストルドー(生に対して否定的な意思)の具現化した姿だ。より簡単に説明すると、”心の壁”である「ATフィールド」、これの対になる「アンチATフィールド」。生命なら須らく有するこのアンチATフィールドが槍の姿として凝縮した物質(生物説もある)だ。

使徒を含む生命体の”生きようとする意志”を消滅させる力があって、だから生きる上で欠かせない他者との差異化であるATフィールドを打ち消すし、コアに刺すと生きる意欲が消滅(ATフィールドの消滅)して原始に還ろうとする(原初の海=LCLになる)。え、大丈夫?ついてきてる? 踏ん張りどころやで。別にまだ難しいことは言ってない。

 

「使徒」とは?

第1使徒 アダム
☆第2使徒 リリス
第3使徒 サキエル
第4使徒 シャムシエル
第5使徒 ラミエル
第6使徒 ガギエル
第7使徒 イスラフェル
第8使徒 サンダルフォン
第9使徒 マトリエル
第10使徒 サハクィエル
第11使徒 イロウル
第12使徒 レリエル
第13使徒 バルディエル
第14使徒 ゼルエル
第15使徒 アラエル
第16使徒 アルミサエル
第17使徒 タブリス
☆第18使徒 リリン

ここで唐突な使徒一覧(しかも画像は新劇場版、羅列文字はTVシリーズという分かりづらさ)。いや、安心してくれ、これはセカンドインパクトの説明の為に羅列しただけだからテストには出ないし覚える必要はほぼ無い

ここで覚えることは一つだけ。全ての使徒は始祖であるアダムとリリスから生まれたということ。正確には、リリン(人)と地球上の生物は全てがリリス由来、他使徒はすべてアダムだ。

つまり、『新世紀エヴァンゲリオン』という物語は、始祖アダムとその子供(使徒)vs 始祖リリスとその子供(人類)による地球の正統な支配者を決める戦いである。だからNERV・ゼーレは相対する使徒の親玉である第1使徒アダムに対してロンギヌスの槍を用いたってワケ。ただ、刺したは良いがアダムのデストルドーが強力過ぎて、南極大陸を飲み込むくらいのアンチATフィールドが展開、デストルドーが伝播した結果、近くの微生物に至るまで生命のスープに還ったという事。これが「セカンドインパクト」だ。さぁ、面白くなってきたでしょ? ここまで理解できればニワカ卒業。 楽しいエヴァライフが待ってるぜ。

 

補足
新劇場版にも引き継がれているのかは絶妙だが、エヴァ初号機は第2使徒リリスのクローン体、つまりターミナルドグマの中にロンギヌスで磔のリリスの身体・エヴァ初号機、2つが第2使徒ってことになる。カヲル君はセカンドインパクト時にアダムから抽出したアダムの魂をリリンの肉体に定着させた存在。綾波はリリスの魂をリリンの肉体(碇ユイのクローン)に定着させた存在。

 

新劇場版『破』

さぁ最低限必要な知識を頭に入れたところで、いきましょうか、皆大好き『破』について。開幕から登場するマリ・イラストリアス…この時の衝撃は今でも忘れない。「え、何、新劇場版ってTV版のリメイクじゃないの!?」という驚きも束の間。アスカ(式波)登場からの月面でMark.06に乗るカヲル君の登場。そう、シリーズ史上ここまでエンタメ性に富んだことは無いと言っても過言じゃないほどに盛り上げてくれたのがこの『破』である。この作品のおかげでエヴァがより広く認知されるようになった。本作がきっかけで観始めたって人も多い。にわかホイホイ

 

ファン垂涎のシーン『破』

だがしかし、ちゃんとファンのことも喜ばせるシーンも盛り込んで来たのが最&高。学園生活の全体的な流れは原作と殆ど変わらないんだけど、綾波がゲンドウとの食事中にシンジとの食事会の承諾を得るシーン(何処で飯食うとんねん)これ普通に奇跡だからね。綾波がシンジに明確な恋心を露わにしている時点で奇跡だし、ゲンドウが綾波にユイの面影を重ね、行くことを了承するなんて奇跡超えてるよ…なにこの優しい世界泣ける

 

と思ったら最強(暫定)の使途・ゼルエル来襲 → 2号機裏コード「ザ・ビースト」 → シンジさん&初号機覚醒。獣化第二形態という新設定をここで出してくる点が最高にエンタメ。この盛り上がりは半端じゃなくアニメ映画史に残った。「綾波を…返せ!」で電源プラグ無し・活動限界という状況の中、親子愛で起動する初号機。「世界がどうなってもいい、綾波だけは助ける」(『Q』へのフラグ)という、今まで流されてばかりだった中学生が自分自身の願いの為に1人の女の子を助けんとする王道主人公へと成長を遂げる鳥肌展開には感動率99.9999%。そして初号機にブッ刺さる謎の槍とウルトラダミー予告(『破』と『Q』の間のシーン)。世界よ、これが日本だ!

 

「人類補完計画」

ごめん、『序』の時の用語解説で「人類補完計画」についても触れとけば良かったね。駆け足で行きます。そもそも「ゼーレ」っていうのはNERVの上位組織で、簡単に言えばフリーメイソンみたいなもんだ。それが第1使徒アダムの地球統治計画書(預言書)である裏死海文書を手に入れて、世界の裏から人類がアダムに勝てるように画策してたんだよね。

で、このゼーレの中に人類補完委員会っていう組織があって、これが発足するきっかけになった立案を作ったのが碇ゲンドウ。その詳細を簡単に説明すると…群体として成長した人類だが、その進化は上限が明らかであり、始祖であるアダムとの戦いに勝利することで完全単一生命体に進化しようぜ! っていう内容。…この記事めっちゃ有能じゃない? 

 

補足
シンジのお母さんである碇ユイがゼーレと繋がっていたため、ユイを介してゼーレの中枢に取り入るためにゲンドウは彼女に近づいたのではないかと言われている。

でも実はこれって謎が深いと思うんだ。だって、ユイが何故ゼーレと繋がりを持っていたのかは作中で語られていなくて、「形而上生物学者」として始祖からエヴァを作ったのもユイ。初号機の中に心を封印して永遠の命も手に入れてる(初号機はユイ、二号機はアスカの母親のキョウコが入ってる)って言うんだからちょっと怖いところではある。

もしかしたら…この物語の本当の黒幕は碇ユイなのかもしれない。

 

新劇場版『Q』

『破』ラストでのニア・サードインパクト後の世界。というぶっちゃけ視聴者とシンジを置き去りにするブッ飛び展開。当時映画館で観た時思ったもん。「相変わらずやってくれるぜ」って。からの元NERVメンバーからの悪意を感じる熱烈な視線。え、流石にシンジ可哀想じゃない…?というシリーズ史上最も視聴者がシンジに感情移入した瞬間だと思う。ただ、これは仕方が無いと言えば仕方がない。だって人類滅ぼしかけてるからね。みんな頭の中ではシンジに悪意が無かったことは分かってるけど、正直、理屈じゃない。失った人たちのことを思い出すとともに子供の様に無知をひけらかすシンジの姿にはレベル低すぎて激怒不可避、彼らの心境を慮ればこれは仕方のないこと。この理由は後述の「サードインパクト」で書くね。

しかも個人的に可哀想だったのは、「エヴァに乗れ」ってただ高圧的に命令するだけのゲンドウの言動。これ、TVシリーズならびに『序』の初号機初対面時を想起させる。え?『破』で一緒に墓参りしてた時の仲睦まじい親子愛は何処へ…? やはりゲンドウ、だがしかしこれこそがゲンドウ。

 

ファン垂涎のシーン『Q』

唯一の癒しと言えるかもしれない冬月教授と将棋を指すシーン。お前そんなキャラじゃなかったやろ! というツッコミを入れる暇が無いほど微笑ましいファンの歓びの瞬間。しかもここでユイの写真をシンジに見せるという演出。お前ずっとユイの写真持ってたんかい! というツッコミが心の中で跋扈する。お前本当にユイのこと好きだったんだな…。クソ純情爺である(誉め言葉)

 

また、エヴァンゲリオン13号機に乗ることになるカヲル君との邂逅。なんでお前の周りだけ植物生えてんの?という言葉は無粋。カヲル君の周りには愛が溢れているから植物も光合成できんだよ(適当)。13号機がデュアルシステムってだけでロボ好きにとっては胸アツなのに、これでもかとイチャつく二人の健全なる男子の姿に全腐女子は四つん這い不可避

 

「サードインパクト」

ガフの扉を開くことで人類史上最高の大殺戮者になったことが明らかにされるシンジ。ここでこのニア・サードインパクトについて解説しよう。そもそもの話、旧劇場版でサードインパクトは一度起こっている。第17使途を倒した後、ゼーレの人類補完計画が発動し量産型エヴァ(白ウナギ)でNERV本部を襲撃 → サードインパクト という流れ。LCLとして一つになった人類(原初の海)で綾波&カヲル君と再会して人類肯定でEND(ハァ? だよね、わかる、任せろ)

つまりサードインパクトとは、リリスのクローン体であるエヴァを覚醒させた上でデストルドー(アンチATフィールド)を広域展開し全人類のATフィールドを消滅。皆で原初の海になるという自死(進化)のこと。

ただ、新劇場版では「ニア・サードインパクト」だったんだよ。つまり、サードインパクト自体はカヲル君のおかげで防がれて、TV版・旧劇場版とは違うアナザールートが描かれたことになる。まぁ、当人がどれだけ一途な想いで綾波を助けたかっただけだとしても、結果的に人類をLCLに還すというナチスも吃驚の英雄になったのがシンジということだ。だからあれだけ嫌われてるんだよ。

 

「フォースインパクト」

本作で初出のフォースインパクト。ストーリーの流れを一度おさらいしようか。「アレは僕らの槍じゃない」(ファ!?)というカヲル君の静止、「止めろ!バカガキ!」というアスカの怒号をフルシカトしてリリスに刺さった2本のロンギヌスの槍を引き抜くシンジ。第12使途がエヴァンゲリオン13号機に収縮されて疑似シン化形態を超えて覚醒 → これによってフォースインパクトの発動。たぶんこの辺が、流行りに乗って新劇場版を観てる視聴者には何が何やらさっぱりポイントだと思う。安心してくれ、俺もさっぱり分からん。だからここからはただの考察。

カヲル君は言った、「13号機と2本の槍があれば世界を修復できる」と。十中八九、この2本の槍ってトコがミソだろうね。一本はお馴染みロンギヌスの槍、そしてもう一本は「カシウスの槍」だ。公式で全く発表されてないんだけど、このカシウスの槍はロンギヌスの槍と対を成しているとファンの間では囁かれている。

というのも、『破』の最期、サードインパクトが起きようとした時にカヲル君が覚醒した初号機にぶん投げてコアを突き刺したのがカシウスの槍だ(明らかにロンギヌスとは形状が違う)。この結果、サードインパクトは中途半端に終わり、ニア・サードインパクトで収まった。つまり、この槍の効力はリビドーの増幅。ATフィールドを強制的に全開展開させることで、人類をLCLに還すデストルドーの伝播をATフィールド内で完結させた。それでシンジ(と綾波)だけがLCLに還った。こう考えればサードインパクトが収まった理由になる。だから多分、カシウスの槍でリリスに何かして、ロンギヌスの槍で何かしようとしてたんだろう(憶測)。

 

マジな考察
「渚カヲル(第1の使徒)→(第13の使徒)に堕とされたことでフォースインパクトのトリガーにされた」ってことらしいから…。第1の使徒(の複製体)であるアダム=カヲル君と、ガフの扉を開いた状態の13号機(たぶん13号機はアダムのクローン機体)にロンギヌス使って、生命の実をリリスへ渡す → カシウスの槍をリリスに使う → ATフィールドを広範囲伝播でLCLに還った人類(作中での赤い海)から人類を人の形に戻す&知恵の実と生命の実が揃うことで完全なる人類の誕生を狙ったんじゃないかな。

でもリリスに刺さっているハズのカシウスの槍はロンギヌスの槍になっていてカヲル君の計画は破綻。ゲンドウ的にはリリスにはATフィールドじゃなくてアンチATフィールドを伝播して欲しいから、差し替えといたんだろう。だって皆で原初の海に還らないと家族揃ってユイに会えないもんな。

あれ…これアニメ好きの良くないトコ出ちゃってるね

好きなモノ語る時に聞き手の立場になって離せない奴は初号機。はっきりわかんだね。ただ『Q』の内容に関しては俺もはっきりとした確証があるワケではないから、各々の考察の参考にしてくれると嬉しい限り。

全部の作品に言えることだけど。アニメだけじゃなくて、原作を読むことでより世界観を理解することが出来る(俺は基本的にアニメで観た作品は可能な限り原作も読む派)。こんだけ長く続いてる作品だけど、単行本だとわずか14巻しか出てないってのも面白いよね。もう完結してるんだけど、終わり方がアニメ版のどれとも同じじゃない点も◎

 

まとめ

ここまでの文量になるとは思ってなかったけど、結構分かりやすい解説記事になった気がしてる(自己満足)。

本当は6月に上映される予定だった『シン・エヴァンゲリオン劇場版:‖』。キャッチコピーは「さらば、全てのエヴァンゲリオン」、英語サブタイトルは「THRICE UPON A TIME」と終わらせる気満々な感じが逆に怖いの俺だけ? ここから「真劇場版4部作プロジェクト始めまーす!」って言いかねないのがエヴァンゲリオン。全く、飽きさせないぜ。ちなみに、俺がここまで書いたことも次回作では全て灰燼に帰す可能性があるのも否めない。そうなった時は…、

笑えばいいと思うよ

これから来るロボット時代を考慮すると『イヴの時間』は最高の道徳教材

2008年にネット上でドラマ形式で公開された『イヴの時間』。全6話を収録した完全版が2010年に映画版として発表されて久しい本作。文化庁にも評価され、OVA部門として多くの賞を受賞したこの作品は今観ても面白い。いや、5G時代到来間近の今だからこそ、面白い。

「あらすじ」

「未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。」

アンドロイドはそれと分かるようにリングを頭に表示し、無表情で人間に奉仕する。だが、ロボットが社会の様々な分野に進出して人間から仕事を奪い、アンドロイドに精神依存する「ドリ系」と呼ばれる人々が確実に増え続けており、それを危険視する「倫理委員会」が広報活動に勤しんでいた。また、旧式化したロボットが不法投棄され主を持たない彼らが野良ロボットとして徘徊することが社会問題となっている。

高校生のリクオは、所有するハウスロイド「サミィ」の行動記録の中に、命令した覚えのない行動を発見する。級友のマサキと共にGPSを辿って行き着いたのは「イヴの時間」という不思議な喫茶店だった。「人間もロボットも区別しない」ことをルールにしたその店では、誰もが人間らしく振る舞っており見た目では区別がつかない。彼らは思い思いにそこでの時間を楽しんでいた。リクオとマサキは好奇心から店に通うようになる。

やがてリクオは店でウェイトレスのナギに悩みを相談しているサミィと鉢合わせてしまう。Wikipediaより引用

 

 

簡単な概要

先に述べている通り、最初はネット上で公開されたドラマだった。でも多くのSFファン・アニメファンから高評価を得て映画化されたって感じ。構図というか、アングルの取り方がお洒落なんだよ。一応記述しとくと、東京国際アニメフェア2010・第9回東京アニメアワード優秀賞OVA部門受賞作品、第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門審査員推薦作品だ。要するに意識高い系の秀作だ

俺が10年前にアニメ好き仲間と飲んでた時の話なんだけど、「最近面白かったアニメ映画のタイトルを同時に叫ぼう」って流れになって(いや同時に言う意味は全く無くて、酒カスの極みなんだけど)、いっせーの! で全員が全員『イヴの時間』って叫んだことがあった。そのくらい、良い作品なんだよ。

 

 

技術革新後の世界

食料自給率は80%というトンデモ水準の世界。きっとアンドロイドの有効活用によって、労働作業が効率化された結果なんだと思う。でも、”ドリ系”と言われてアンドロイドに人間として接する人を揶揄しているところを見ると、道徳の水準は今とさほど変わらないのかもしれない。

AIが自立思考を得ることで、人間に置き換わっていく過渡期を描いてるんだけどね。人間からしたら、仕事を奪われるし、人間よりも地球に配慮した存在のアンドロイドっていうのはアイデンティティの損失に繋がるし、癇に障るんだろう。そんな社会で、種族を超えて育まれる絆が描かれる

 

大事なのは内面に宿る人間性

はい! どれがアンドロイドでしょう! 何を隠そう、この中の半分以上がロボット。そう、不気味の谷を越えた工業製品ってのは外見じゃ人間と区別つかないんだよ。え?左上? うん、そう、外見じゃ区別つかないんだよ(てかサミィ2枠おるやんけ)。

物語の舞台になるのは主に「イヴの時間」っていう”人間とロボットを区別しない”喫茶店。超美人店主の凪さんが切り盛りする最高にお洒落なお店だ(代官山とかにありそう)。この店にいる時の登場人物の表情が良いんだよな。そしてそれが物語にも大きく絡んでくるからこれから観る人は要check。

 

誰もが”悩み”を抱えている

そんなお店に通うのは、アンドロイドと一線を越えたい人間人間のことをもっと理解したいアンドロイド、またはその両者が一緒に来店することもある。倫理的にはイリーガルなコンセプトなので、社会的には認められてないのか表には看板が一切出てなく、入口も普通に道を往来している人には全く分からないという心躍る仕様。なんだろうね、本作を観ていると主人公がこの店に入った時にワクワクするんだよ。演出が良いのも勿論だけどさ、この社会的に隠れた場所っていう設定が良いんだろうね

次第に常連客と仲良くなっていく主人公とともに、誰が人間で、誰がアンドロイドか明らかになっていくゆるふわ系ストーリー。なんだけど! カフェアニメとして観てもとても秀逸なんだけど!  大事なのは機会だろうが人間だろうが悩みを抱えているって点だ。この悩みを解決していく中での人間&ロイドドラマが最高に面白い

これは俺の持論なんだけどね。本作のようにアンドロイドが人間に限りなく近くなった世界…SFではこんなの全然近未来(っていうか現在)なんだけど、多くの文学作品では人間は人間に近づいたアンドロイドを嫌ってる。でもさ、これ、嫌う必要あるか? 高度に発達したテクノロジーは魔法と変わらない。なら高度に発達したアンドロイドも人間だろう。気持ち悪いって言うけど、自我が目覚めた時点で対等に接するべきだと思うし、お互いを尊重して生きていくことが出来るんじゃないのかな。まぁ、これは理想論だって言うのも理解していて、きっともっと抜き差しならない現実的な問題が色々と発生してくるんだろうけど。俺がこんな風に思っているのは色んなSF小説を読んでるから、思考がアンドロイド側に偏っているせいもあるかもしれない。でも、機械と人間が仲良くできる世界がきたらどんなに素敵なことなんだろうって、そういう風に思えるよ。本作を観ると。

実は漫画版もある。無論、良い。

 

「まとめ」

ファーストシーズンとして公開された既存の話が完結して早10年…。全体の雰囲気も良いし、”ロボット三原則”や、”不気味の谷”についてしっかりと考えられる本作は、5Gが本格的に生活に導入されるという今だからこそ観るべき作品だと思う。うん、むしろ教材だな。よし、国際派の石油王は学校作るだけじゃなくて生徒の分までDVDを買ったれ。

俺はセカンドシーズンをずっと待ってるよ。

いいから黙って脳ミソ空っぽにして『スーサイド・スクワッド』観ようぜ!

2016年に公開された、DCコミック『スーサイド・スクワッド』実写版。アメリカ本国では酷評の割にヒットするという謎の社会現象を引き起こしたことでも知られるが、フラットな心で観れば相当イケてる作品かと。あとハーレクイン可愛いよ。

【あらすじ】

スーパーマンの死から数ヶ月後、米国政府の高官アマンダ・ウォラーは新たなるメタヒューマンへの対抗策として死刑や終身刑になって服役していた犯罪者を減刑と引き換えに構成員とした特殊部隊タスクフォースX、通称「スーサイド・スクワッド」を結成する[3][4]。メンバーはベルレーブ刑務所に収監されている殺し屋のデッドショット、元精神科医のハーレイ・クイン、元ギャングのエル・ディアブロ、強盗のキャプテン・ブーメラン、遺伝子の突然変異したキラー・クロック、縄を使う暗殺者のスリップノットなど危険な犯罪者から選ばれた。彼らはリック・フラッグ大佐の指揮下に置かれて米国政府のためにリスクの高いミッションに使い捨てとして利用される。各メンバーは反乱するか、脱走を試みると爆発するように設計されたナノ爆弾を首に移植されている。Wikipediaより引用

 

 

悪党大集合

Processed with MOLDIV

この作品の魅力はDCが誇る悪人大集合すること。 というかそれしか無い。『バットマン』シリーズを観ている人にとってはお馴染みのジョーカー(ジャレット・レト)、ハーレクイン(マーゴット・ロビー)が大活躍ってだけで観る価値がある。俺はヒース・レジャー演じるジョーカーも、ホアキン・フェニックス演じるジョーカーも好きだけど、ヤンチャなジョーカーも良いね!って感じ。あと声優が子安武人さん(リゼロのロズっち)てのも◎。何しでかすか分からない感じは歴代1位だと思う。

あと、ウィル・スミス出てたんだ。ぜんぜん知らなかった。彼が演じるデッド・ショットとハーレクインのダブル主人公みたいな構成は政治を感じたけど良いバランスだった。

女・子供は殺さないデッド・ショットと、ジョーカーに一途な想いを抱き続ける囚われのハーレクイン。いや完全に王道主人公の設定…! でも安心して欲しい、ちゃんと人殺すから、躊躇いなく。でも仲間想い。最高かよ。ジャンプで連載しよう

 

ハーレクイン可愛すぎ問題

可愛いんだけど、サイコパスなんだよな。でもそこが魅力。メチャクチャにエロくて綺麗なのに、サイコパスなんだよ。つまりサイコパスなんだけどさ。そこが魅力なんだよ。

本作では貴重なジョーカーによる調教&洗脳&惚れるシーンがあるので必見(でも結局は自分から求めてるところが愛い!)。あとメチャクチャにジョーカーに一途なの本当すこ。友達になったら優しい、近所のヤンキー(サイコパス)。問題だ、これは問題だ。

 

 

ドンパチやれば全て解決

首に小型爆弾埋め込まれて、政府の犬として働くフリをする悪党共のスキあらば逃げる&殺す感が良くも悪くもカオスを生み出してくれてた。観てて「ふふッ…こいつら面白れぇな…」って思わず漏れちゃう感じ、『メン・イン・ブラック』とかに近い(まぁウイルスミス出てるし)。

主要メンバーの中々にダークな過去も明らかにされるんだけど、その暗さを引っ張ってシリアスな雰囲気に持って行き過ぎない適度さは秀逸だった。DC系の作品は『ジョーカー』しかり、結構シリアスな方向に持って行きガチだからな(いや、『ジョーカー』は最高だったが)。今回みたいに何も考えずに悪党大集合! ドッカン! は観ていて爽快感があって気持ち良い。

しかも前述の通り、個々のルーツを描くことで、今まで倒すべきヴィランとしか認識されていなかった悪人たちも人間であるという事がしっかり描かれていた。これは昨今のアメリカ映画が漸く到達してくれた「正義は一つではない」という考え方を如実に表してくれていて非常にGood。今まで白塗りで理解不能なことをしてきた敵が、仲間のため、家族のために戦場に赴く姿なんて、震えるに決まってるちなみにジョーカーは本作に置いて是が非でもハーレクインを助けようと、あの手この手で邁進してくれる。

【まとめ】

総括すると、脚本としてはどうだったのかなぁと思う点はある。でもさ、たまにはこういう何も考えずに観れる映画も良いと思うんだ。何も考えたくない時に観れる映画って実はそんなに多くないぞ。俺が常々思っている一番良くないことは、”他人の評価を自分の評価と勘違いすること”だ。星の数が少なくても良いじゃん。友達も星の数で判断するのか? しないでしょ。判断するのは自分自身だ。…という、唐突なシリアス締めたぶん俺みたいな情緒不安定な人間はGoogle的には★☆☆☆☆。

続編も期待してます。

サブカル女がこぞって評価する『冷たい熱帯魚』を実話踏まえて語る

2010年に発表された園子温監督による邦画『冷たい熱帯魚』。これが1993年に起こった「埼玉愛犬家連続殺人事件」が元になっていることは周知の事実。でも世のサブカル女は観る。その愚直な姿勢、単純にすげぇなって思うけどさ、ただ実話が元になってるって知識しかなくない?それ、勿体ないから。この記事ではそれを補足すべく、実際の事件にも触れながら作品の魅力を語る。

【あらすじ】

死別した前妻の娘と現在の妻。その折り合いの悪い二人に挟まれながらも、主人公の社本信行は小さな熱帯魚店を営んでいた。波風の立たないよう静かに暮らす小市民的気質の社本。だが、家族の確執に向き合わない彼の態度は、ついに娘の万引きという非行を招く。スーパーでの万引き発覚で窮地に陥る社本だったが、そんな彼を救ったのはスーパー店長と懇意にしていた村田だった。村田の懇願により店長は万引きを許す。さらに大型熱帯魚店を経営する村田は、娘をバイトとして雇い入れる。その親切さと人の良さそうな男に誘われて、社本と村田夫婦との交流が始まる。 しばらくして、利益の大きい高級魚の取引を持ちかけられる社本。それが、村田の悪逆非道な「ビジネス」と知り、同時に引き返せなくなる顛末への引き金となった。Wikipediaより引用

 

 

人間を透明にする男

「俺は警察もヤクザも、全部を敵にしても自分の力で生きてきた」と台詞にある通り、作中の村田(でんでん)は巧みな話術と暴力で人間を手玉に取って生きる姿が描かれる。

残虐性が話題になりがちな本作だけどさ、人間の「生きる」という本能を描いた良作だと思う。結局は金が動機ってのは残念なポイントではあるけど、誰にも頼らずに生きると決めた人間ってのは他人の命なんて関係なしに生きるための金を調達するんだなって実感できた。

ちなみに、実際の事件が元になったと言っても前半から中盤だからね。リアルでは熱帯魚店じゃなくてペットショップだし。このペットショップ「アフリカケンネル」の名前はあまりにも有名で、当時のニュースを観てた人とかはこの名前を聞いただけで不快感を露わにするんじゃないだろうか。綺麗にエンタメ化されてるのは園子温監督の手腕が良すぎるからだ。

 

 

徹底した犯罪哲学

全く持って褒められたものではないが、この元になった事件の首謀者であるSには犯罪哲学があった。上記はその一部

羅列するとちょっと義賊っぽい人格と錯覚しがちだけど、全くそんなことはなくて、ちゃんとシリアルキラーだから安心して欲しい。ちゃんと人類の敵。というのも、5番目に挙げた「透明にする」というのがかなり周到な死体処理の哲学だからだ。この事件の異端さを最も現わしているこの考え方は映画を観てれば分かるだろうから割愛するけど、この作業に対して留置所で「面白い・楽しい」って供述したってところがしっかり忌むべき絶対悪してる。

4ヶ月で4人の人間を消した罪とカルマは筆舌に尽くしがたい。しかもこれは判明してるだけで、人間に限った話だ。事件の裏では犬を買ってくれた家庭に毒入りの肉を差し入れして、新しい犬を売りつけたり、毒入りの飲料を常に常備していたりと、常軌を逸した行動は戦後の日本でも指折りのグリード

 

 

運の良さも大事

これは園子温監督ファンも知らないことだと思うんだけどね。実は実際の事件内容をまとめたWikipediaに載っている上の5つの決まり事以外にも哲学が存在するんだよ

ホラー民にとっては有名なんだけど。恐い話No.1決定戦『OKOWAチャンピオンシップ決勝戦』にて、初代王者に輝いた三木大雲和尚の怖談。これは「アフリカケンネル」の経営者である容疑者Sが捕まる直前のやり取りだ(上の動画でいうと2:26:50らへん)。

映画とはまた違う視点でこの犯人Sの特異さ、恐さを実際に対峙した三木和尚の口頭で語られてるから本当にオススメ(てか他の話もマジで怖くて面白いから時間があるなら観て欲しい、OKAWAは良いぞ)。

 

 

生きることは痛いんだよ

エロ・グロともに強烈なシーンが多い本作。散々凄惨な描写を魅せられた後なので、「いや、もう分かったよ…」と言いたいところだが、この台詞にこそ本質が詰まっているように俺は感じた。

そもそも、生きることは綺麗事ばかりではない。むしろ痛みの連続だ。金銭的な問題や悩みを全く抱えていない人なんて数えるほどしかいないし、そこに追加で家族問題、職場や友人との人間関係。生きているってことはそれだけで精神が摩耗していく連続であることは、現代を生きている人にとっては絶対に思い当たる節があるハズ

そんな人生においては、痛みを抱えて生きるしかないってこと。 痛みを乗り越えたとしても、その先が輝かしいモノであるとは限らないということをしっかりと表現してくれた。

「ラストが衝撃的」っていう感想を抱く人がすごく多いみたいだけど、俺からしたら「いや、こうなるだろ」って事しか思わなかった。ただ、期待を裏切らずに貫いてくれた園子温監督はやっぱり凄いなぁと思ったし、ラストにかけてのどんでん返し感は”フィクション映画”って感じで単純に芸術として良かったと思う。

でも一旦思い出そうぜ。これは実話が元になっているってことを。だいたい、園子温監督は”現代の闇”を描くのに非常に秀でた人だ。サブカル好きが皆、示し合わせたかのように氏の作品を評価しているのは面白い現象だと思うんだけどさ(何?エキストラで出たいの?そんな奴は一生エキストラだよ)、確実に苦しんだ人がいるという事実。この事実から目を背けてはイケないよね。といっても、単純にエンタメとして観ても秀逸な作品だし。普段他人の人生について考える機会がない人や、人生が綺麗事ばかりだと妄信する被害者A候補の能天気サブカル女に、この凄惨な事件があったということを伝えるためには超良い作品だと思う。

例の如く血が苦手な俺は軽く吐きそうだったのは秘密。

【まとめ】

ちなみに、この事件の首謀者であるK(作中における村田の妻)はまだ生きてるという事実。死刑制度に関しては難しい問題だからさ、俺は明確な答えは持ち合わせていないが、今の日本にはどれだけ痛みを抱えて生きている人がいるんだろう。そう考えると、この作品を只の実話を元にしたフィクションとだけ認識しておくのは勿体ない。これは、誰にでも起こり得る、そして起こり得ている話なんじゃないかと思う。

とりあえず、
川の水を飲むのはやめような。

愛に言葉は要らない、『シェイプ・オブ・ウォーター』観るとはっきり分かんだね

『パンズ・ラビリンス』・『パシフィック・リム』で知られるギレルモ・デル・トロ監督。親日家としても知られる氏が作った中で最高の評価を受けている作品、それが『シェイプ・オブ・ウォーター』だ。

【あらすじ】

1962年の冷戦下のアメリカ。発話障害の女性であるイライザは映画館の上にあるアパートでただ独りで暮らし、機密機関「航空宇宙研究センター」で清掃員として働いている。アパートの隣人であるゲイのジャイルズ、仕事場の同僚で不器用なイライザを気遣ってくれるアフリカ系女性のゼルダに支えられ、平穏な毎日を送りながらも、彼女は恋人のない孤独な思いを常に抱えている。

そんな日々のなか、宇宙センターに新メンバーのホフステトラー博士が一体の生物の入ったタンクを運び込む。普段はイライザに不遜な対応を見せる軍人ストリックランドが、生物を邪険に扱った報復を受けて指を失う騒ぎがあり、清掃のために部屋に入ったイライザは初めてその生物を直視する。生物は「半魚人」と呼べる異形の存在だったが、独特の凛々しさと気品を秘めた容貌をもち、イライザの心を揺り動かす。彼女は生物に好物のゆで卵を提供し、手話を教えて意思の疎通をはかる。ふたりは親密な関係となってゆく。Wikipediaより引用

 

 

種族を超えた純愛物語

キービジュアルだけ観るとさ、普通に半魚人が女性を襲っている様にも見えるのが面白い。それだけ、異形の存在は人間にとって畏怖の対象なんですよと暗に示されている気もしてくる。

だが、本作の主題は「愛」全振りだ。話すことが出来ない(耳は聴こえる)主人公のイライザが半魚人とSEXするという(本作最大の衝撃シーン)「種族の違いなんてなんぼのもんじゃい!愛の前にはそんなこと関係ないんじゃ!」 と言わんばかりの超純愛ストーリーだ。未視聴の人は『美女と野獣』をイメージしてくれれば本作の雰囲気を理解しやすいかもしれない(厳密に言えば真逆の視点を描いているけど)、あれくらいピュアラブ映画。

 

 

ギレルモ監督史上

最高評価

第90回アカデミー賞で作品賞・監督賞・美術賞・作曲賞の4冠。あと英国アカデミー賞で3冠して、ゴールデングローブ賞も2冠してるし、ベネチア国際映画祭で金獅子賞。

ふぁー? そんなことある? 「賞って…独占禁止法とか無いんだ…」と俺が意味不明な感想を抱いたのも仕方がないと思うんだ。ちなみに、他にもいろんな国の映画賞に受賞してて、だいたい50個くらい賞とってる

よくもまぁこんなに…いや、だが、評価されるのも分かる。それは、この作品が前述のように『愛』を主題に置いた物語だからだろう。万国共通で『愛』は大事にされている。しかも、差別に苦しむ人が、人生においてどれだけ苦悩しているのかという様子を絶妙な塩梅で表現しているのも高評価ポイント。

「彼はありのままの私を見る。幸せそうに…私を見る。」は作中でのイライザの名セリフ(手話)なんだけどね。この言葉だけで、様々な迫害を受けてきたであろうことを視聴者に創造させる力がある。こういう話は得てして評価されやすい。普段、下品なウィットに富んでる俺も評価しちゃうんだもん、間違いねぇよ

 

ちなみに、ギレルモ・デル・トロ監督に関しては上の記事で語っているので俺と同じように奇特な趣味をお持ちの方はご一読下さい。非日常感が味わいたい人は彼の他作品も観た方が良い(自己責任でお願いします)

 

 

今の時代に対する風刺

米ソ冷戦中のアメリカを舞台に、政府の極秘機関で働くと言うと、現代とは全く関係ない世界の様に思われる。だが、ギレルモ監督は本作の記者会見で面白いことを言っていた。

「今の世の中、“よそ者は信用するな、警戒しろ”という風潮があり、愛がなかなか感じられない困難な時代だ」

俺的言語で意訳すると「ぶっちゃけ今の時代は、冷戦時代のように、人を信用しない・愛さない時代だ。これは大変宜しくない。私がメスだったらストレスで生理予定日ズレる。」だ。だから敢えてこの時代設定にしたんだろうね(超推測ゆえ信じるな危険)。

色々と脱線したけどさ。評価されているだけあって、扱っている主題の大きさはかなり大きい。得てして大きなことを社会に発信しようとすると、単純なメロドラマではなく、ファンタスティックな寓話の方が多くの人の心に刺さる。本作はこの点が相当考えられていて(例えば、異形の半魚人が派手な技を繰り出して、敵をバッタバタやっつけるという事は決して無い)、脇目も振らずに「愛」について本気で考えましたって作品。たぶん女性の方が好きな人多いんじゃないかな。かなりドラマチック。あと最後のシーンの神々しさが異常

【まとめ】

ちなみに、この記事のアイキャッチ画像になってるのは天野喜孝氏(FFのキャラデザが一番有名)が本作を描いた一枚絵。

映画公式サイトにてSP・PCどちらもダウンロード可能という大判振る舞いで、有名だったから俺も当時ダウンロードしてたけど、この映画を観た後だと、まったく絵の印象が違うのが面白い。こういう楽しみ方が出来るのも、良いよね。

最後まで意味が分からなかったと言えば真っ先に浮かんでくる『アイアムアヒーロー』について

2009年~2017年の期間スピリッツで連載しつつ、2016年の実写映画化も成功させた『アイアムアヒーロー』。気が狂ったか? と思うような衝撃の一巻に始まった本作は、連載終了まで見事に気が狂っていたと思うのは俺だけじゃないハズ。

【あらすじ】

主人公・鈴木英雄は、さえない35歳の漫画家。デビュー作は連載開始後半年で早々に打ち切られ、借金も背負い、アシスタントをしながら再デビューを目指し、ネームを描いては持ち込む日々が3年を経たが、出版社には相手にされない悶々とした日常を過ごしている。そんな無為な日常の中の救いは、恋人である黒川徹子の存在。だがその彼女も、すでに売れっ子漫画家になった元カレを何かと引き合いに出し、酔うたびに英雄の不甲斐なさをなじる始末であった。

そんなある日、全国的に「噛み付き事件」が多発する。町に増えてゆく警官の数、さらには厚労相が入院して、その入院先で銃撃戦が起こるといった報道が立て続けに起こる。英雄も深夜、タクシーに轢かれて両腕と右足が潰れ、首が真後ろに折れても運転手に噛み付き、奇声を発し立ち去る女性を目撃する。やがて、周囲の人々がゾンビのような食人鬼と化す謎の奇病が蔓延し、「ZQN」と呼ばれる感染者たちが街に溢れる。恋人や仕事仲間も犠牲となり、都内から逃亡した英雄は富士の樹海で女子高生・早狩比呂美、御殿場のアウトレットモールで看護師・藪(小田つぐみ)と出会い行動を共にする。Wikipediaより引用

 

 

実写版

『アイアムアヒーロー』

主演:大泉洋、そして有村架純長澤まさみがヒロインという豪華キャスティング(小田さんはヒロイン枠、いいね?)。それだけこの作品が売れる自信があったんだろう。結果としてこの思惑は大成功だったと言える

 

原作再現度MAX

まず大泉洋の英雄がめちゃくちゃ良かった(欲を言えばもう少し小太りだが)。社会不適合者感が如実に再現されていて、普通の社会が機能している時は絶対に役立たずな感じが◎。あと会ったことないけど「こんな人いそうだな…」っていうリアリティさが良かった。こういう役うまいよね。

あと長澤まさみのカッコ良さが際立つ。終末の世界で生き抜く強い女感が際立っていて、こんな女性に出会ったら即堕ち。ショッピングモールの面々も糞ったれっぷりを存分に発揮した演技で話を盛り上げてくれた。やっぱり価値観がなくなった世界でこそ人間の本性は出て来る。

 

ZQN再現度120%

韓国技術員の協力を得て行ったという特殊メイク&映像がハンパなくクオリティ高い(というより魅せ方が上手い)。ちなみに監督は『キングダム』と同じ佐藤信介監督なんだけどね。この佐藤監督が原作準拠で描いたスケッチをもとに特殊メイクを施している。陸上選手のZQNは3Dプリンタ使って用意されたZQNらしいし、カズレーザーもZQNとして出てきたりすごくバラエティ色強めながら、映像は最高にグロテスク。この思い切りの良いギャップが素晴らしかった。

もちろんストーリーも良かったよ。敢えてのショッピングモール編をメインにすることでアングラ感増しててゾンビ映画として2階級特進してた。

 

 

原作版

『アイアムアヒーロー』

意外と、映画しか観てない人・原作を最後まで観てない人多くない? 話が進むにつれてドンドン物語がカオスに煮詰まって3日目のカレーみたいになるから、読んでない人は原作の続きも読んだ方が良いと思う。

 

映画版の”その後”

冴えない漫画アシスタントの日常を淡々と描いた末、巻末で衝撃的なアウトブレイクを読者に与えた原作版『アイアムアヒーロー』。もちろん、最終巻でもやってくれてる(いや、むしろ何もやっていない)

映画では多少の差異はあってもほぼ原作準拠でやってくれたから、見事にゾンビ映画としての体を成していたけど。この作品の真のジャンルは実は”ゾンビもの”ではない。最終巻まで観てると要所要所に「あれ、この描写いる?」っていうシーンが出てきて、それがZQNとは? の解答への布石になっている(気がする)。そう、要するに投げっぱなしENDだ。

まぁ、たぶん、宇宙人的な存在が地球をテラフォーミングする&人類が共存できるか測るために、ウイルスなのか概念的なモノをアウトブレイクさせたんだと俺は素直に受け止めた…のかな。うん、正直に言うと俺も何が何だか分からん!

ただ、見所としてはいっぱいあるんだよ。比呂美ちゃん・小田さん・英雄の三角関係とか、建設的ZQN・巨大ZQN・存在理由不明ZQNの登場とか、江の島編・高層ビル編とか! え?大丈夫。俺も今本当に面白かったか疑問に思ってるよ。だが、まぁ、面白かったな…(遠い目)。

 

【まとめ】

俺のボキャブラリーではその魅力の一端しか伝えられなかった感があるが、一世を風靡したことには変わりない本作。終末系作品が一般大衆に認めらるようになった走りと言っても過言ではないので、未読の人は読んどけばヲタクとの会話の時に使えると思うよ(俺はヲタクじゃないから知らんけど)。

原作リスペクトの投げっぱなし記事でした。
(本作はちゃんと面白いから!)